塗商五十年
-稲垣忠右ェ門の歩んだ道-
1章 故郷三河の稲垣家
1-5 収蔵品の虫干し
姉のすあがいなかったら、後の塗商稲垣忠右エ門はいなかっただろうと、稲垣家の親戚の誰もがいう。姉のすあは十三歳で母のもとに死なれ、後添えに入った義母のときに馴染まない弟の巴や妹のきよの面倒をよくみた。根っからの苦労をいとわない強い性格と優しさをもっていた。嫁いだ先は西尾市の旧家で、おおらかな主人は時折、浄瑠璃などをかたる人であった。商売にもっぱら精を出すのはすあの方であった。
巴は高橋家に来ても、特別することがなかった。気分転換になればと来ただけである。ぶらぶらしていても「高橋家の当主はひとことも言わない人だった」と、これも先年妹のきよさんから伺ったことである。巴は言ってみれば居候の身分であった。
暑い夏の日だった。妹のすあが「巴ちゃん、暇をもてあましているなら、今日は天気がいいから蔵の品を出して、虫干しをしておくれ」という。
まあ、居候の身分だからしょうがねえや、と巴は土蔵の中に入っていった。暗い蔵のなかには、巴がはじめて見る骨董品などかなりの数が収蔵されていた。掛け軸、書画。慶弔時につかう特別の家具などが、巴のてによって庭先にだされた。高橋家にはかって松平の殿様から拝領したと伝えられる、結構な品々も蔵に収まっていた。
上郷の家にも骨董品や書画が結構あったが、高橋の家に比べれば少なかった。
なにげなく明るいところに出した書画骨董品を、実際目の前で見ているうちに、巴の目を捉えてはなさないものがあった。五段重に文箱、数種類の盆類に朱色の角樽、二段の卓やなつめ・水差しの茶道具などの漆器であった。<古いもんだろうけど、立派なものだ、なんと見事な家具だろう>巴は目の前の漆器が何処の産のものか、そこまでは気が回らなかった。「粗末に扱わないで」という姉の声を待つまでなく、巴は大切に漆器の手入れをおこなった。<漆物はなんと不思議な魅力があるものだ>巴は痛感していた。虫干しは苦にならなかった。忠右エ門と漆器との出会いであった。
目次
1章 故郷三河の稲垣家
1-1 矢作川と稲垣家
1-2 学問ひとすじ 祖父真郎
1-3 人生謳歌、父隆三郎
1-4 おいたち
1-5 収蔵品の虫干し
1-6 現代の稲垣家
2章 塗師屋への道
2-1 クリーニング店に住み込み
2-2 はじめて外商にでる
2-3 輪島の地を踏む
2-4 三重で漆器外商、そして結婚
2-5 忠右エ門を名乗る
2-6 輪島に移住し、塗師屋となる
2-7 かけだし時代
2-8 岩津のおてつさん
2-9 飛騨古川町の青龍台を塗る
3章 苦闘の時代
3-1 漆塗り軍需水筒で戦後につなぐ
3-2 行商三昧
3-3 能登観光の黎明と水害受難
4章 漆器組合の理事長に就任
4-1 塗師屋の仲間組織
4-2 火中の栗
4-3 組合再建への礎に
4-4 高松宮妃殿下を迎える
5章 漆器と観光の船出
5-1 観光時代の到来
5-2 カニ族のたまり場
5-3 塚田海岸に進出、稲忠漆芸会館開設
5-4 居眠り旦那と道路の稲忠さん
6章 逝去、子息らに夢を託して
6-1 ボーリング場跡地を購入
6-2 民夫社長を指名、会長になる
6-3 七十四歳の誕生日
6-4 病床でキリコ会館の開設を見る
6-5 初秋に逝く
6-6 没後十年、創業六十年